地続きの日々を歩く,緩やかに時は流れる
01/01/2026
年が明けた.2026年が始まった.
この気持ちを消化してしまう前に書いておきたかった.
いつの間にかこの時を迎えた感覚だ.
体感よりも5倍いや,10倍は早く時が流れている.
「新年を迎えられた」それは幸せ.
ただこんなにも「一年の始まりに肩肘張る必要があるのか」と思ったりする.年末年始の世の中は,まるで大規模なお祭りだ.毎月の祝日や人生の特別行事とも異なる不思議な空気を纏っている.年の瀬ですよ〜振り返りましょう,年が明けましたよ〜今年の目標はってね.もどかしい.
うっすらと蠢く感覚に解は出ていない.
ただひたすらに感じるのは,緩やかに静かに流れる,存在するかも不明確な体内の時間と生まれるよりも遥か昔に形作られていた社会を造る,動かす時間は,全く異なるものであるということ.だから,「感覚」の差分を埋め合わせず,ただただ,身体的にも感情的にも感じておきたい.それが自分にとっての豊かさだと思う.
それと同時に,社会では「年齢」と言われる自身の年輪は,社会と自分の内側の二方面に対して持ち合わせているものだと感じもした.年齢と年輪の違いはなんだろう.重ねていくものと,密度と厚みを伴って刻んでいくものの違いなのか.
今年はポップに生きようか.
なんて目標を立ててみたりする.(どんなポップかはわからない,けど心躍る感じではなくて,緩やかに沈み込みすぎないテンション.)これは目標なのか,思いつきかもしれない.
けれど,今日の私がそう思っていたことは,確かかもしれない.