今日の自分を綴じるために日記を書く
03/29/2026
なぜ日記を書くのか考えていた。書きたくて書く日もあれば、書かないとやっていられないと焦燥感に駆られて書く日もあった。
私は、独立系書店に行くのが好きだ。トレンドに左右されない、剥き出しの言葉が詰まっている。そんな本たちを眺めていたときに感じた。
「日記は、今日の自分を綴り、今日の自分を綴じるためにある」
と。綴ることは綴じることでもある。最近読んだ、この本に記されていた。
今日の自分を日記に綴ることで、綴じることができる。今日の自分を終えられる。ある意味、今日という明日には過去になる自分と距離を置けるのかもしれない。もしかしたら、後味が悪い日もあるし、反対に爽快感に包まれる日もあるだろう、それもまたひとつ一日の綴じかただと感じている。
私はスマホのアプリと手帳を使っている。どちらも書く日もあれば、アプリだけの日もある。このアプリを使ってiPhoneのウィジェットに固定している。固定しているから、メモ帳がわりにもなる。その瞬間の思考を綴じることもできる。何と言っても、時間経過とともに手書きのイラストが増えていくのが心地よい。
毎日書かなくたって良いと思う、ただ、日々を綴ることができたらいつの間にか、過去の自分を肯定も否定もせず、波のように、心地よい揺らぎの中で生きれるんじゃないかという淡い期待を持って私は、綴り続けている。